2006年02月23日
二大政党制への道遠し
去年の選挙が大差であった理由は、
自らの地盤を壊しても改革に取り組む自民党と、
保身の論理に縛られている民主党、
との差にあったはず。
その民主党がまた保身の論理を露わにしている。
このままでは二大政党制への道は遠い・・・
投稿者 motlab : 22:20
2005年05月06日
JR西日本社員バッシングに異論あり
脱線事故当日の JR西日本社員の行動が批判されていますが、僕個人としては違和感を感じる点もあります。 整理して書くと、次の通りです。
1. たまたま客として乗車していた運転士の行動について
報道によると、運転士は携帯で会社に連絡をとっていたとのこと。 「なぜ、現場で救助にあたりますと進言しなかったのか」と批判する意見もあるようですが、僕は彼らの行動が不適切であったとは思えません。
なぜなら、個人が勝手に行動していたのでは、組織として人員の最適配置ができなくなり、組織としての対処活動の効率を低下させる恐れがあるからです。 なので、個人で判断せず組織の指示に従った、という判断が絶対的に不適切とは思えないのです。
2. たまたま休日中で余暇を楽しんでいた社員の行動について
休日中で、事故発生後も余暇を楽しんでいた社員の行動について、自分の会社の一大事なのにという類の批判がされています。
ライブドア問題で「株式会社とは~」と論じていたのに、本件では昔ながらの「社員と会社は運命共同体」的な発言をしているマスコミの姿勢に論理矛盾を感じます。
いみじくも、ライブドア問題で、”会社は社員のものではない、株主のものである” と多くの人が語ったように、株式会社において一般社員(管理職以上は除く)には経営責任はありません。 一般社員は雇用関係において発生している担務に責任を持てばよく、それ以上の責務はないはずです。 なので、休暇をとっていたのであれば、JR西日本の企業活動に参加する責務はないはずです。 極論をすれば、休暇中のJR西日本一般社員の責務とその他の市民の責務とは同等な気がします。
3. 災害対処にあたるべき人は誰なのか
JR西日本はもちろんですが、私はむしろ社会の構成員全員の責務と考えるべきと思います。 当日、たまたま韓国で休暇中だったJR西日本社員と、事件現場付近にいたにもかかわらず余暇を楽しんでいた一般の市民、がいたとしたら、どちらの責任が重いでしょうか? 僕はむしろ後者のような気がします。
最後に: 本エントリは、一部のJR西日本社員の行動について必ずしも不適切とはいえない、と主張するものです。 組織としてのJR西日本に問題がない、と主張する意図はありません。
----------- 追記 5/10 -------------------------------------------
この件、親戚の間でも賛否両論ありです。 二つの論点に整理して、話をします。
論点 A. 事故の電車に乗り合わせた西日本運転士は現場に残るべきだったか?
論点 B. 休暇中でレクを楽しんでいた西日本社員への非難は妥当か?
論点Aについては、組織の指示に従い出勤するのが妥当、ということで一致しました。 勝手に現場に残られたら、その運転士の穴を埋めるためのシフトまで必要になります。 一途な正義感によってかえって組織活動の効率を低下させることになり、逆効果です。
論点Bについてですが、 「休暇中の西日本社員は一般市民と同等であり、現場へ駆けつける義務はない」 と思っている私は少数派でした。
私は、現場へ駆けつけないのが適切といっているわけではなく、 「休暇中の西日本社員は一般市民と同等だから、彼らが現場に駆けつけるか駆けつけないのかは任意事項」というスタンスです。
3つの観点で理由を述べます。
----- 一般市民と同等と思う3つの理由 --------------------------
1. 株式会社と従業員(管理職以外)との関係
従業員は雇用に影響する問題について交渉権を持つが、経営事項に関して発言権を持っていない。 こういう原則があるので、従業員に組織の万事の責任を求めることはできない。 例えば、過密ダイヤなどが原因の一端であるが、従業員のダイヤに関する発言権は限定的である。
2. 労務管理上の問題
休暇中の人間が勝手に応援に駆けつけて、怪我などを負ってしまったとしても労
災などではカバーできない。 あくまでも、任意で救助活動に参加した一般市民
の扱いになる。
3. 救助活動におて活用されるスキルの問題
例えば、飛行機の機内で「お客様のなかでお医者様はいませんか?」
というアナウンスが流れたら、医者は休暇中とはいえ名乗りでるべきだろう。
これは、労務上の問題とは別に人道上の問題があるからだ。
休暇中とはいえその人の替わりがいない状態だから、納得できる。
今回の事故の場合、休暇中のJR西日本社員でないと提供できないスキルがあっ
たのだろうか。 結局、一般市民と同等のスキルで救助活動に参加するにすぎなかったのではないか。 であれば、やはり一般市民と同等の扱いとなる。
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最後に繰り返しになりますが、
事故に駆けつけるか駆けつけないかは一般市民としての任意、
もちろん駆けつける人の方が気持ちの熱い人、尊敬される人、
というのが私の意見です。
投稿者 motlab : 23:16
2005年03月19日
子供に見せたくない番組: みんなのモンダイ
僕が子供に見せたくないと思った番組に、土曜8時から6chでやっている「みんなのモンダイ」というのがあります。 僕にとっては結構重要なものの見方、考え方を歪めようとしているからです。
投稿者 motlab : 21:13 | コメント (0) | トラックバック (0)
2004年12月29日
生きていられるということ
結婚10周年を記念して、12月23日から27日まで家族でプーケットに滞在しました。 ただ楽しい思い出を作るつもりだったのですが、世界史に残る大災害を体験し、生き方・価値観を深く考えさせられました。
投稿者 motlab : 22:12 | コメント (8) | トラックバック (3)
2004年09月23日
USBメモリのファッション性
NY Times 2004.9. 23 From Storage, a New Fashion をチェック。 USBメモリがアクセサリのように着用されながら、普及しているという記事でした。
投稿者 motlab : 11:58 | トラックバック (0)
2004年03月26日
BLOGで学会をやってみたい
ちょうどいろんな学会の全国大会が主催されている時期だが、私が20代の研究者として全国大会で発表していた頃から発表の現場では十分なフィードバックが得られない状況になっていた。 学会発表というものが、議論をするという目的を失い、儀式化しているのだ。
誰のせいでもなく、多少無理してでも積極的に議論をしようとしない我々自身に問題がある、のはいうまでもない。 しかし、ろくなフィードバックが得られないから発表者が少なくなる、発表者が少なくなると1つのセッションでテーマが発散するので余計にフィードバックが得られなくなる、という負のスパイラルが回っているので、個人の力では対処できない状態である。
一方で、インターネット上ではBLOGという新しいメディアによって個からの情報発信、個と個との意見交換が活発に行われている。
もう学会は無用なのだろうか? 私はそうは思わない。特定の分野について知見、興味を持つ人間の集まり自体は貴重であり、その活動のスタイル、ツールが旧態になってしまっているだけである。 そこで、学会にBLOGという新メディアを導入して、学会を活性化することを提案したい。 私の実現イメージは以下の通り:
1. 学会に参加する個人はBLOGページを持つ。個人が所属する企業や大学がBLOGサイトを運営してもよい。
2. 学会は研究会や会議ごとにBLOGのPINGページを提供する。研究会や会議に論文を投稿する人はその論文をBLOGのエントリ形式にして公開し、PINGページにPINGする。
3. 投稿された論文に意見やコメントがある人は、エントリのコメント欄に記入する。
4. 投稿された論文に関連する研究をやっている人はその論文にトラックバックして、自分の論文へのリンクを登録する。
5. 学会としては、研究会や会議のイベントスケジュールとして、エントリ公開の期限やコメント記入・トラックバック登録の期限(終了日時)をアナウンスしておく。 終了日時になったら、学会はその時点のコンテンツを記録・保存する。 のちにこれらのコンテンツをアーカイブして学会員に提供してもよい。 (やはり、アーカイブ機能としての学会の役割はこれからも重要だと思う)
たぶん、まともにやろうとすると、 著作権 の扱いの検討で時間がかかってしまうような気がする。 まずは、既存学会とは離れて実験的にフォーラムを企画するのがよいのかもしれない。
どうでしょうか、皆さん? あなたは今の学会に満足していますか?
投稿者 motlab : 23:16