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2005年03月19日

日本人の標準化リーダシップ

なぜ日本は「標準」でリーダーシップを発揮できないのか : IT Pro 記者の眼

日経の谷島さんの記事で、FPNでbesusさんが紹介していました。 FPNでも少しコメントしたけど、詳しく話すと長くなるのでBLOGします。 

私がここで言いたいのは、業界ごとに分析していくと、「リーダシップを発揮できていないもの」、「リーダシップを発揮できてるが利益力に結び付けられていないもの」があり、それぞれについて個別の問題、理由がある、ということです。 

論点1: 本当にリーダシップを発揮できていないのか?
論点2: 標準化活動を利益力に結び付けられない理由
論点3: 狭義のIT分野でリーダシップを発揮できない理由
論点4: マネジメント分野でのリーダシップを発揮"しない"理由

--- 議論の前提 ----
発端となった谷島さんの記事に合わせて、ITU, ISO, IETFなどのパブリックな技術仕様だけでなく、Windowsなどの私企業が開示するインターフェースでドミナントになったものも含めて標準と呼ぶことにします。 また、技術標準だけでなく、ISO-9xxx, 14xxxなどのマネジメント標準なども議論対象とします。
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論点1: 本当にリーダシップを発揮できていないのか?
業界や標準化の分野ごとだと思います。

家電や電話系通信については、どこの国のリーダシップが強いというわけでもなく、日本もそれなりにプレセンスを示していると思います。 例えば、MPEGでも貢献しました。 CDはフィリップスとソニーが作りました。 DVDの記録層とかでも日本の家電メーカがキープレーヤです。 プレゼンスが弱い(=リーダシップを発揮できていない)のではなく、むしろ標準化活動を利益力に結び付けられていないことが問題なのでしょう。 これについては、次の論点(論点2)とします。 

電話系通信や家電を除いて、コンピュータとコンピュータ周辺技術を狭義のITと呼ぶことにすれば、狭義のITについてはリーダシップを発揮できていません。この理由を論点3とします。

ISO-9xxx, ISO-14xxxxなどのマネジメント標準については、おそらく欧米にリーダシップを握られているのでしょう。 この理由を論点4とします。

論点2: 標準化活動を利益力に結び付けられない理由 

そもそも技術の標準化は、市場を拡大する代わりに、商品のコモディティ化を促進させてしまう行為です。 なので、標準化活動が利益力に結びつかないのは当たり前なのです。

私企業がドミナントな技術インターフェースを確立して高い利益を上げる、という事例はあります。 ただし、これを狙うと独禁法のグレーゾーンに踏み込むことになります。 論点4に記述するように、もともと日本は政治的に優位なポジションにはないので、日本企業がこのゾーンに入るのはリスキーです。 

なので、標準化・インターフェース普及活動は市場を拡大するものであり、商品開発力・オペレーション能力で他社をしのぐべきという清いエンジニアの考え方にいたります。 とはいえ、標準化が進んでいる状況で差異化はできないので、コモディティ化に陥るわけです。

論点3: 狭義のIT分野でリーダシップを発揮できない理由 
一言で言えば、狭義IT産業は米国の産業だからです。 いくらオープンな標準化プロセスがあったって、しょせん人間が協議して決めるわけですから、政治力が必要になります。 日本の企業が米国の産業の標準化にリーダシップを発揮できないのは当たり前と思います。

「じゃぁ、なんで米国の産業なんだ?」という意見はあるかと思います。 それは、汎用性によって価値が高まるというコンピュータの物の性質から、インターフェースのオープン化が重要だからです。 論点2に記載したとおり、インターフェースをオープンにしつつ競争力を維持するには、独禁法のグレーゾーンに踏み込む必要があり、政治力がない日本の企業には難しいわけです。

論点4: マネジメント標準でのリーダシップを発揮”しない”理由
もともと標準化マターでないでしょう。 外注先の品質管理なんか企業のノウハウであり、それを標準化しようという発想がおかしい。 ネットオークションであるまいし、マネジメントに基準付けや格付けをしようという発想がおかしい。 結局、これをネタにしてコンサルティングをしたい人たちが、コスト競争力が弱いので合法な競争制限を求めている国をそそのかしているビジネスにしか思えません (ちょっと暴論)。

谷島さんの記事のように、「とはいえ、もはやこれもグローバルスタンダードなんだから、これについてもリーダシップを発揮しないといけない」という意見もあるでしょう。 しかし、それは無理でしょう 

なぜ、無理か、というと、日本は経済大国とはいえ、外需依存度が高い国だからです。 アメリカは一国で大きな経済圏を持っているし、ヨーロッパは連携して大きな経済圏を成しています。 自国の経済圏が小さい 日本にとっては、大きな経済圏の人たちはお客様です。 なので、標準化も含めルール作りでは立場が弱いです。 くじらを食べることすら許されない問題と根は同じです。

それを解消するために、アジアで経済圏を作ろうという議論はありますが、個人的には懐疑的です。 貴族の人たちが国をまたいで親戚関係を作ってきたヨーロッパとは歴史背景が違います。 そんなヨーロッパでも現在に至るまで何十年もの時間がかかりました。 まして、アジアは違う経済成長フェーズにある国の集まりです。

なので、純粋な国際ルール作りで日本のリーダシップは無理なのです。 これは経済圏の状況からして、覆しようがないと思います。 

だったら、日本の戦略は? ということになりますが、マネジメント標準などのくだらんルール作りでのリーダシップを狙うより、別の打ち手を考えるべき、と思います。


投稿者 motlab : 2005年03月19日 14:29

コメント

この議論面白いですね。狭義の理論だけでは出てこない世界ですし、米国人の資料からも出てこないところです。

うーん、難しい・・・・

投稿者 SW : 2005年03月19日 17:40

 同感です。標準化はつまるところ、自社の知名度UPなどのブランディングや、標準準拠製品そのものよりも周辺サービス(システムインテグレーション、コンサル、講習などの啓蒙活動)など、間接的な分野において効果があるものだと思っています。

 個人的には、標準化においてリーダシップを握る必要はないと思っています。むしろ、どのような標準が打ち立てられても、標準の周辺ビジネスを如何に迅速に開始できるか、他社と差別化していけるか、といった点を考慮していくべきだと思います。(今の日本の状況を考えると)

投稿者 besus : 2005年03月22日 03:11

論点3の、「一言で言えば、狭義IT産業は米国の産業だからです」について、クスマノ教授の論点をご紹介します。ご存知と思いますが、最新の「The Business of Software (邦題:ソフトウエア企業の競争戦略)」のなかで、日米欧におけるソフトウェアビジネスの取り組みの違いを次のように表現しています。EUROPE: Software as a Science、JAPAN: Software as Production、The USA: Software as a Business。その意味は、ヨーロッパは、オブジェクト指向を始めるなどScience的なInventionが得意、しかし、それをビジネスにもっていくのは(要するにInnovationは)得意でない;日本はProductionとしてS/Wを見ており、とにかく品質重視;米国は、Microsoftに代表されるように、他人の考えを真似しようが何しようが、S/Wビジネスの本質(タイミングが非常に重要なことなど)を知っているというものです。「狭義IT産業は米国の産業」というのもわかりますが、クスマノ教授の言葉を借りれば、「米国の企業はITのビジネスというものをよく知っている」ともいえるでしょう。いわゆる一般的な標準化活動における政治力云々だけでなく、狭義IT産業においては、いち早くDominant Designになってしまえば、Network Externalityによって、Platform Leaderとしての圧倒的優位性が保たれる(MicrosoftやAdobeのように)という一面もあるでしょう。要するに、米国の企業はS/Wビジネスのやり方を知っているので、「狭義IT産業は米国の産業」と言えるのではないでしょうか。まぁ、全体の話が「日本人の標準化リーダーシップ」についてですので、このコメントはやや的外れかもしれません。

投稿者 wao : 2005年03月27日 21:29